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山口・九州旧車研究会電脳談話室

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[844-100] メルクスの影響 brm-codama 2012/11/28(水)17:34 修正時間切れ
エディー・メルクスの考え方や設計・仕様/機材に対する考え方は当時の世界中のレース界に大きな影響を与えました。
お尋ねの件は特に短いチェンステーの事だと思いますが、短いと瞬間的な踏み込みに対する反応が早くなります。彼はロードでも長期間のグランツールをこなせ クライマー/スピードマン/ゴールスプリンターと全ての役割を完璧以上にこなせるオールラウンダーでした。それに加え彼はピストでも強く 冬季は同国出身のパトリック・セルキュ(トラックスプリンターでロードスプリンター)と組んで各地のピストの6日間レースに参加し勝ちまくっていました。
そのせいかピストの設計をロードに融合させ戦術や体質に合う自転車を追求していて 当時の常識とされた設計方法や迷信から完全に脱し 体格や戦術に合わせて自由な考え方で設計していいんだという事が東洋の島国にまで伝わって来ました。
クランクの長さやコースに対するギヤ設定も同様で他チームのメカニシャンが常に彼の自転車をチェックしていて歯数やクランク長を変更したら自チームのも同じに変更していました。同じにしないとレーススピードに付いていけず勝負権すら無くなりますからね。レース中も彼がギヤチェンジすると他も一斉にギヤチェンジしていたというほどのレースリーダーだったとも言えます。
全盛期は弱点がほとんど無く 人食い/ハンニバルとも言われるほど強すぎ ゴール勝負で勝てば単独で逃げ切れれないほど調子が悪いのかと批判され 今度は逃げて勝てば今度はゴール勝負で勝つ自信が無い逃げ腰なのかと言われたほど 飛び抜けて強かったという事だと思います。
彼さえ同時期にいなければもっと活躍できて優勝を重ねられた選手は、フェリーチェ・ジモンディーを始め多くいました。自転車機材もチームの契約メーカーに依頼せず彼個人が選んだメーカーに注文通りに作らせ チームの契約メーカーのマークを貼っていました。*ンパニヨーロにもそんな彼専用のスペシャル仕様を作らせるほどでした。
他チームの戦略もそんな強過ぎる彼のチームに対し緻密なチームプレーで対抗しないと勝負にならなくて有名になったチームもあります。 そんな彼にも実は常に最高に優秀なサポート選手がいましたが、彼も怪我や全盛期が過ぎ力が落ちた時には自分らにもサポートとチームプレーの重要性がはっきりと感じれらました。



[2018/11/15 03:19] 3QQQ BBS 管理人 postmaster
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